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 デューラーは「大運命神ネメシス」という作品を残している。その絵のネメシスはガラス玉の上に乗り、バランス(権衡)を支配する意味合いが込められたのでしょうか。手には測量で用いる道具なのでしょうか、よくわかりません。運命と権衡(もしくは統計)が関連してるのは面白い。一見、デタラメに見える振る舞いも統計処理すれば、秩序のある統計モデルに従っている場合がある。
 光子や電子の2スリット実験では、そうした量子を1個ずつ飛ばしても2つのスリットと干渉を引き起こす。電子1個のみの結果ではデタラメでスクリーンのどこに到着するか全く予測不能であるが、1000回、10000回と電子を1個1個飛ばしていくと、干渉模様を初めて認識できる。この結果、電子の波動性を"間接的・推論的・統計的"に認識でき、電子を"波"と考える"仮定"も妥当だと考えたのである(水の波紋は見たことがあるが、電子の波紋なんて誰も直接見た人はいない)。ただ、この波は電子1個の因果律について何も語る能力をそもそも有していないことは"仮定"の導入工程・動機を鑑みますと当然だといえる。その程度の"仮定"でしかなかったのに、その"仮定"を忘れてはいけない。運命・権衡の女神には、このような自然現象を擬人化した概念だと感じる。統計を支配する力がある。マクロの現象でも統計的挙動をする現象はいくらでもありますが、"べき乗則"はダイナミックな統計作用と感じる。全体として"べき乗則"に従うということは統計的に調べると認知できるが、個別の現象の規模・場所・時間の予測は全くできない。人間は大きな影響を与える位に連鎖反応が続いた事象に限って何かが起こったという認識をするが、そうした注目に値する事象が1回起こるためには、その背景として、人間にとって些細で無価値に近い事象が1000回、10000回、100000回と起こっている事実があるのである。卑近な例を挙げると、町で好きな人たった一人に出会うには、どうでもいいと思える2000人程度の人間と相互作用することなく通り過ぎているようなものである。人間が注目できる、正確には、認知できる事象は、電子1個の因果律のように全く予測できないということは多い。個に執着する性質のある人間にとって"統計"というのは無慈悲に感じる。
 彼女が愛し育みますのは、特定の一個人ではなく、全体としての生命・進化である。だから、特定の個人を"間引く"ような不公平な側面はいくらでもありうる。僕らが、ミカンの樹木を育てる際に、余分な枝を切り落とす適切な行為に似ている。彼女が束縛するのは集団の性質である。ミカンの枝一つ一つではない。人間は彼女の統御する統計モデルから脱することはできない。統計(=権衡)と運命というのは一見異なるようで、深く関連しているのだと感心する。運命というと、何もかも予め定められており古典物理の思想である"決定論"と考えるのが通常である。しかし、彼女が"権衡の女神"と呼ばれることを考えると確率統計の概念と結び付けたくなるのである。統計論的に運命を支配し、個人に全く執着していないというのは自己同一性のない量子と同じで、現代的な解釈だなぁと思いました。以上のような解釈は、かなり僕自身の歪んだ思い込みが入っているとも思いますが。権衡の女神は、色々な矛盾を相補的に取り込める器のようだ。

 ネメシスというのは、恐竜を滅ぼした流星群を地球に導いたどっかの(仮説上の?)恒星の名前にもなっています。最近、考えられていることは、果たして今まで滅びだ生命全体にとって、隕石のような天変地異によって死んだのは全体の何パーセントかということである。どうやら、そうした天変地異によって滅んだのは、全体から見てかなり少ないのではないか・・・という見解がある。隕石などのような必殺技を使用しなくても、"些細な変化"で全滅にまで追い込まれた種が大半なのではないかという考えです。
 地球の平均温度が一時的に0.1度上昇したとか、その程度の変化も十分に種を滅ぼす可能性がある。例えば、地球上に1000000種程度生きているとして、その"些細な変化"によって一種くらいは絶滅しても何ら不思議ではない・・・統計的には。その一種は色々な異なる種と食物連鎖のように連関しているだろう。だから、"些細な変化"を1000回行えば、1度くらいは生命全体を根絶やしにするような連鎖反応を引き起こしうる要となっている一種(特異点)を滅ぼしてしまう場合があるのではないか・・・ということです。だとすれば、十分な長い観測時間を設定した場合、人間が何かしらの悪事を全く働かずに行儀よく過ごしていたとしても、ごく自然に絶滅という現象が必然的に何回かは起きなければいけないことが推測される。もちろん、人間の生命活動が絶滅へと至る連鎖反応の乗数を高めているということは言うまでもありませんが。絶滅には必ずしも、隕石衝突などの激変は必要ないという考えは興味深い。カオスですね。そういう風な運命の定まり方とネメシスとを結び付けるには、"統計"という概念は必要になる。

被写体との距離感に関して思うところ↓
 見たものを正しく描くには、被写体に対してカメラを固定する必要があることは平凡な発想であり、十分受け入れられるだろう。絵描きが何かを資料なしで描こうとする場合にも空想上のカメラを固定するのだろうが、一つの絵を描き終わるまでの一部始終において、その空想上のカメラを常に固定することが果たして私にはできているだろうか・・・と考えると決してできていないと感じる。人の胴体は5メートル遠くからの見え方で描いているのに、頭部は30cmの距離からの見え方で描いている場合があるかもしれない。そういう距離感の調整を意識的に操作して行っているのならば当然よろしいのですが、大抵は自分が描きやすく、慣れているという理由で無意識に距離を変動させて描いている場合が多いのではないだろうか。この点の調整力をつけるにはどういった指標が必要なのかが問題です。当然、見え方を学ぶ上で模写は必要であろうし、学ぶ点はまだまだ無数にあるから、模写で人生終わるんじゃなかろうか・・・それでいいのかもしれん。北斎は晩年になってようやく少しばかり描けるようになったとか言ってた気がする。模写を行えば、距離に関してはほぼ一定になる。模写でない場合、固定カメラからの距離感を無視して、自分の数少ない慣れしたしんだ距離感を一点一点に適用しようとする妙で貧相な欲求を消してしまいたい。こういうのは自由ではなく、確かに自由感に過ぎないのだろう。自分が制御しきれない面が多々ある絵に対して、偶然出来栄えが良い絵だからといって、それを自分の能力だとは思うのは間違っている。

 あと極端に近接して人を描く場合があるだろうが、その場合、普通の人の視野では"足の先端から頭長"まで全て完全に一望することは不可能です。しかし、そういう束縛を無視すればこう見えるだろう・・・として描いた絵に対して僕らは果たしてそれが正しいとか良く見えるとかを判断できる感覚をそもそも培っているのかと考えると持っていないようなきがする。つまり、そういう風に見えるかもしれないが、通常そういう風に見る機会は皆無に近いから違和感があるとなる。そういう絵を描けることは望ましいのだろうが、違和感がないように視野を切り取る点に何かしらの方法論を展開するほうがよいのではないかと思うようになった。それを構図というのでしょうが。
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・異分野の本物の人間に会いたい
・真理編纂活動
⇒私の確信・直観の正当性を歴史の焔に焼べる。燃え残った"鉄塊"を我が真善美・規矩とする・・・そういった孤独な火遊びって意味。

確信・直観の裏付けのための書籍。即ち、焚き木。
■ 美の本体
(岸田劉生)
■ 自分の中に毒を持て
(岡本太郎)
■ 人間の建設
(小林秀雄、岡潔)
■ 人生の鍛錬 小林秀雄の言葉
(新潮社 編)
■ 現代語訳 学問のすすめ
(福澤諭吉、訳:斉藤孝)
■ 努力論
(斉藤兆史)
■ 努力論
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■ 機動戦士ガンダムthe ORIGIN
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■ 創造への飛躍
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■ 行動学入門
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■ 大衆の反逆
(オルテガ)
■ ゲーテとの対話
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■ 人間とは何か
(M.トウェイン)
■ 思考の整理学
(外山滋比古)
■ 文芸批判論
(T.S.エリオット)
■ 歴史とは何か
(E.H.カー)
■ 幸福論
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■ 共感する女脳、システム化する男脳
(サイモン・バロン=コーエン)
■ 人間性の心理学
(宮城音弥)
他、少々。

絵のための参考書
★ プロメテウス解剖学アトラス
(坂井建雄、松村譲兒)
★ やさしい美術解剖図
(J.シェパード)
★ やさしい人物画
(A・ルーミス)
★ 漫画の教科書シリーズNo.3リアルなキャラクターを描くためのデッサン講座
(西澤 晋)
★ The Art of Drawing
(Willy Pogany)
★ ANATOMY AND DRAWING
(Victor Perard)
★ デッサン学入門~創意の源泉を探る~
(南城 守)
他、少々。
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